読み深め

『ちいちゃんのかげおくり』かげおくりの意味は、なぜ変わったのか

ちいちゃんのかげおくり|かげおくりの本当の意味は!?▶ YouTubeで見るちいちゃんのかげおくり|かげおくりの本当の意味は!?

「かげおくり」というあそびをごぞんじでしょうか。

太陽たいようにしてち、地面じめんうつった自分じぶんかげを、じっとつめます。じゅうかぞえたところで、ぱっとそら見上みあげる。すると、かげそらにうつってえる——そんなあそびです。

『ちいちゃんのかげおくり』では、このあそびがてきます。

おなあそびなのに、度目どめ意味いみは、いち度目どめとまるでちがいます。 この物語ものがたりのいちばん大事だいじなところは、そこにあるとおもいます。


いち度目どめ——家族かぞくみんなで

物語ものがたりのはじまりで、ちいちゃんは家族かぞくと「かげおくり」をします。

とうさん、おかあさん、おにいちゃん、そしてちいちゃん。よんにんあおそら見上みあげ、わらいながらあそびます。

このとき、ちいちゃんのそばには家族かぞくがいます。 いることがたりまえで、うたが理由りゆうもない。あたたかくて、安心あんしんできる時間じかんです。

ここでのかげおくりは、「いっしょにいるしあわせ」そのものでした。

そしてわすれてはいけないのは、これがとうさんが戦争せんそうまえ出来事できごとだということです。


そして、すべてがわる

とうさんは戦地せんちきます。

やがて空襲くうしゅうまちき、げまどうなかで、ちいちゃんはおかあさんとおにいちゃんとはぐれてしまいます。

ちいちゃんは、ひとりになります。


それでも、ちいちゃんはっていた

ここで見落みおとしたくない場面ばめんがあります。

ひとりになったちいちゃんは、あきらめませんでした。いえがあった場所ばしょもどり、そこでずっとつづけます。

かあちゃんたちは、ここにかえってくるの。

ちいちゃんは、きっとかえってくるとしんじていたのです。

だから、からだはひとりでも、こころなかではずっと家族かぞくとつながっていました。

けれど、家族かぞくかえってきませんでした。


度目どめ——ひとりで

そして最後さいご、ちいちゃんはもう一度いちど「かげおくり」をします。

いち度目どめとまったくおなあそびです。けれど——

いち度目どめ 度目どめ
だれ 家族かぞくよんにん ひとりで
そら あおそらした ひとりで見上みあげるそら
気持きも わらいながら いたい気持きもちだけをかかえて

そしてそらに、家族かぞく姿すがたえます。

けれどそれは、いっしょにいるからえたのではありません。 そこに家族かぞくはいないのです。

いたい」という気持きもちが、そらにうつったのだとおもいます。


おなじことをして、ぎゃく意味いみになる

こうしてならべると、はっきりします。

  • いち度目どめのかげおくり → いっしょにいるしあわ
  • 度目どめのかげおくり → もうえないひとに、もう一度いちどいたい気持きも

おな動作どうさをしているのに、意味いみせい反対はんたいになっているのです。

かげおくりは、もうあそびではありません。ちいちゃんの気持きもちそのものになっています。

物語ものがたりのはじめにこのあそびがかれているのは、そのためだとおもいます。最初さいしょにあたたかい場面ばめんせておかなければ、最後さいご場面ばめんがこれほどむねのこることはありません。


こたえは、かれていない

最後さいごのかげおくりで、ちいちゃんはしあわせだったのでしょうか。

家族かぞくえたのだからしあわせ、とむこともできます。けれど、そうっていいのかどうか——この物語ものがたりは、はっきりいていません。

だからこそ、ひとそれぞれがかんがえていいのだとおもいます。

かんがえてみたい

ねらい
かげおくりは、なんかいてくる? 対比たいひ構造こうぞうづく
いちかいかいで、なにがちがう? 変化へんか自分じぶんつける
ちいちゃんは、どうしてあの場所ばしょっていたんだろう しんじる気持きもちを
最後さいご、どうしてそら家族かぞくえたんだとおもう? こたえをめずにかんがえる

この記事きじは、YouTube「おわか文庫ぶんこ」の考察こうさつ動画どうがをもとにいています。あわせてかなしい」とかないかなしいはなしちいちゃんはしあわせだったのか「それからなんじゅうねん」がつたえていることもどうぞ。

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