読み深め

『一つの花』お父さんはなぜ、花を渡したのか──ゴミ捨て場に咲いていたコスモス

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とうさんが戦争せんそう

えききだしたゆみに、おとうさんがわたしたのは、いちりんのコスモスでした。

ものでもなく、おもちゃでもなく、はな。しかも、ゴミじょうのようなところに、わすれられたようにいていたはなです。

なぜ、このはなだったのでしょうか。


ここでもてくる「ひとつだけ」

とうさんは、はなわたすときにこういます。

ひとつだけのおはな大事だいじにするんだよう。

ここでも「ひとつだけ」という言葉ことば使つかわれています。

けれど、この「ひとつ」は、それまでの「ひとつ」とは意味いみがちがいます。

  • これまでの「ひとつ」——ものりないから、それだけしかあげられない「ひとつ」
  • このはなの「ひとつ」——おとうさんが、ゆみのためにつけてきた「ひとつ」

おな言葉ことばなのに、りないことのしるしから、えらられたもののしるしへと、意味いみれかわっているのです。

物語ものがたりなかでこの言葉ことばがずっとくりかえされてきたからこそ、この場面ばめんでの意味いみ変化へんかいてきます。


コスモスは、本当ほんとうはたくさんはな

もうひとづきたいのは、えらばれたはながコスモスだということです。

コスモスは、ふつうはれてはなです。コスモスはたけという言葉ことばがあるとおり、いちめんきそろっている姿すがたこそが、このはならしい姿すがたでしょう。

ところが物語ものがたりなかでは、たったいちりんだけ、しかもゴミじょうのようなところにいています。

本来ほんらいならたくさんあるはずのものが、ひとつしかない。

これは、ゆみ世界せかいそのものです。

  • ものも、ひとつだけ
  • ゆみ言葉ことばも、「ひとつだけ」
  • そしてはなも、ひとつだけ

戦争せんそう時代じだいは、なにもかもがりない世界せかいだった。 その世界せかい姿すがたが、いちりんのコスモスにかさなってえます。


なぜ、ものではなかったのか

とうさんは、ものわたすこともできたかもしれません。いているゆみには、そのほうがばやかったはずです。

けれど、ものべてしまえばなくなります。

はななら、しばらくのこります。そして——気持きもちをのこすことができます。

これが最後さいごになるかもしれないわかれのに、おとうさんがわたしたかったのは、そのをしのぐものではなく、あとにのこるものだったのではないでしょうか。


コスモスというはなえらばれたこと

コスモスの花言葉はなことばは「調和ちょうわ」などとされ、平和へいわ意味いみかたられることもあります。

もちろん、作者さくしゃがその意味いみめたと本文ほんぶんいてあるわけではありません。けれど、これから戦争せんそうかう父親ちちおやが、むすめ手渡てわたしたはながコスモスだった——そうおもってむと、この場面ばめんべついろしてきます。

戦地せんちひとが、平和へいわおもわせるはなのこしていく。そこにねがいをることは、けっして的外まとはずれではないようにおもいます。


ひろわれたはなであること

最後さいごに、このはなじょうのようなところにいていたというてんを、もう一度いちどかんがえたいとおもいます。

だれにも見向みむきもされず、わすれられたようにいていたはな。それをおとうさんはつけ、って、むすめ手渡てわたしました。

見過みすごされていたものをつけて、いちばん大切たいせつひとわたす。

おおげさなおくものではありません。けれど、りないものだらけの世界せかいなかで、おとうさんにできるせいいっぱいのことでした。

ちいさなはなが、この物語ものがたりのいちばんおおきな場面ばめんになっているのは、そのためだとおもいます。


かんがえてみたい

ねらい
とうさんは、どうしてものじゃなくてはなわたしたんだろう 選択せんたく意味いみかんがえる
このはなは、どんなところにいていた? 本文ほんぶんたしかめて
コスモスって、本当ほんとうはどんなふうにはなかな いちりんであることの意味いみづく
とうさんの「ひとつだけ」と、ゆみの「ひとつだけ」は、おな意味いみかな 言葉ことば変化へんかづく

この記事きじは、YouTube「おわか文庫ぶんこ」の考察こうさつ動画どうがをもとにいています。あわせてひとつだけちょうだい」は、こわい言葉ことばだった「なぜ題名だいめいは『ひとつのはな』なのか」かれていない気持きもちのかたもどうぞ。

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