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『銀河鉄道の夜』カムパネルラは、なぜ列車を降りずに消えたのか

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銀河ぎんが鉄道てつどうの乗客じょうきゃくたちは、駅えきに着つくと「さよなら」を言いって列車れっしゃを降おります。ところが、カムパネルラだけは違ちがいます。ジョバンニが振ふり返かえったとき、走はしる列車れっしゃの中なかから突然とつぜんいなくなっていました。

なぜ、カムパネルラの別わかれだけがこのように描えがかれたのでしょうか。

ザネリを助たすけた、カムパネルラ

旅たびの終おわりに、ジョバンニは町まちで起おきたことを知しります。ザネリが川かわに落おち、カムパネルラは助たすけるために飛とび込こみました。

ザネリは助たすかりました。しかし、カムパネルラは戻もどってきませんでした。

この出来事できごとは、銀河ぎんが鉄道てつどうの旅たびのあとに明あかされます。だからこそ、列車れっしゃの中なかでのカムパネルラの言葉ことばを読よみ返かえすと、別べつの意味いみが見みえてきます。

「ザネリはもう帰かえったよ」という言葉ことば

旅たびの初はじめ、カムパネルラは「ザネリはもう帰かえったよ。お父とうさんが迎むかえにきたんだ」と話はなします。

ザネリが無事ぶじに帰かえれたことを、カムパネルラは知しっているように見みえます。一方いっぽうで、カムパネルラ自身じしんは青あおざめ、苦くるしそうにしています。

ザネリは帰かえれた。でも、自分じぶんはもう帰かえれない。そのように感かんじていたのかもしれません。ただし、本文ほんぶんにはカムパネルラの心こころがはっきり書かかれていないため、言葉ことばや様子ようすから考かんがえることが大切たいせつです。

お母かあさんは、ゆるしてくれるだろうか

カムパネルラは、突然とつぜん「おっかさんは、ぼくをゆるして下くださるだろうか」と尋たずねます。

人ひとを助たすけたのに、なぜ「ゆるして」と言いうのでしょう。自分じぶんが帰かえれなくなったことで、お母かあさんを悲かなしませてしまうことを気きにしていた、と読よむこともできます。

さらにカムパネルラは、お母かあさんが本当ほんとうに幸しあわせになるなら、どんなことでもすると話はなします。カムパネルラの言葉ことばには、ザネリを助たすけたことと、お母かあさんへの思おもいが重かさなっているように見みえます。

ジョバンニには見みえなかった野原のはら

カムパネルラは、遠とおくの野原のはらを見みて「あすこがほんとうの天上てんじょうなんだ。あすこにいるのぼくのお母かあさんだよ」と叫さけびます。

けれど、その姿すがたはジョバンニには見みえませんでした。本文ほんぶんには、カムパネルラのお母かあさんが亡なくなっていたとも、本当ほんとうに野原のはらにいたとも書かかれていません。

それでもカムパネルラには、お母かあさんが自分じぶんを受うけ止とめてくれる場所ばしょが見みえたのかもしれません。ここで、カムパネルラの旅たびは終おわったと考かんがえることができます。

別わかれを言いえないまま、進すすむ道みちが分わかれる

ジョバンニが「一緒いっしょに行いこう」と言いって振ふり返かえると、カムパネルラは消きえていました。列車れっしゃは止とまっておらず、「さよなら」もありませんでした。

ジョバンニは現実げんじつでも、カムパネルラが川かわへ飛とび込こんだところを見みていません。何なにの準備じゅんびもないまま、大切たいせつな友ともだちを失うしなうことになります。

駅えきで見送みおくる別わかれではなく、突然とつぜん消きえる別わかれとして描えがかれたのは、ジョバンニが受うけ取とった別わかれのかたちそのものだったのかもしれません。

考かんがえてみたい問とい

問とい 考かんがえる手てがかり
カムパネルラは、なぜ「ゆるしてくれるだろうか」と言いったのだろう? ザネリを助たすけたことと、お母かあさんへの思おもいを結むすび付つける
カムパネルラには見みえて、ジョバンニには見みえなかったものは何なにだろう? 野原のはらの場面ばめんにある二人ふたりの見みえ方かたの違ちがいを読よむ
なぜカムパネルラは、駅えきでなく走はしる列車れっしゃの中なかから消きえたのだろう? ジョバンニが知しった現実げんじつの別わかれと比くらべる

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