『スイミー』考察② みんな同じじゃなくていい?
▶ YouTubeで見るスイミー|みんなと同じじゃなくてもいいって、本当?【考察】『スイミー』は、「みんなで力を合わせる物語」として読むことができます。
けれど、もう一度本文を読み返すと、一つの短い言葉に、気になるところが見つかります。
スイミーを紹介する、最初の一文

スイミーが初めて登場する場面は、こう書かれています。
みんな赤いのに、一ぴきだけは、からす貝よりも真っ黒。でも、およぐのは、だれよりもはやかった。
「でも」——この一言に、注目してみます。
「でも」は、何と何をつないでいるのか

「でも」は、前の内容と、あとの内容が食いちがうときに使う言葉です。
「黒いこと」と「泳ぐのが速いこと」。この二つは、本来つながりのないことのはずです。黒くても、泳ぐのが遅い魚だっているでしょうし、赤くても、泳ぐのが速い魚だっているはずです。
それなのに、「でも」でつながれている。
つまりこの一文は、「黒いこと」を、まるで欠点であるかのように扱っています。そして「でも、泳ぐのは速かった」と、まるでその欠点を埋め合わせるように続けているのです。
問題だったのは、黒いことそのものではない

もちろん、黒い体そのものが悪いわけではありません。
問題は、みんなが赤い中で、自分だけがちがう色だったこと。その「ちがい」を、スイミー自身が、どこかで気にしていたのではないか——この一文からは、そんな読み方ができます。
「でも」という言葉は、スイミーの気持ちの中にある見方を、そのまま映しているのかもしれません。
大きな魚になる場面で、見方がひっくり返る

物語の終わり、スイミーは、赤い魚の群れの中で、たった一匹だけ、目の場所に泳ぎます。
黒い体だったからこそ、目になれたのです。
ここで、最初の一文とのつながりに気づきます。「でも」でしか結べなかった黒さが、ここではなくてはならないものに変わっています。
体の色そのものは、最初から最後まで、何も変わっていません。変わったのは、色ではなく、色の見方です。
命令するリーダーではなく

もう一つ、気づくことがあります。スイミーは、赤い魚たちに「泳ぎ方」を命令したわけではありません。
赤い魚たちは、体を動かして、いっしょに泳ぐ役目を引き受けます。スイミーは、まわりを見て、どこへ進むかを考える役目を引き受けます。
みんなが同じことをしたのではなく、それぞれがちがう役目を引き受けた。 それによって、一つの大きな生きもののように動けるようになったのです。
「みんなで同じになる」のではなく、「ちがいを生かし合う」——『スイミー』が見せているのは、こちらの協力の形なのかもしれません。
考えてみたい問い
| 問い | ねらい |
|---|---|
| 「でも」という言葉、どうしてここに入っていると思う? | 一文の意味を丁寧に読む |
| スイミーは、自分の黒さを、どう思っていたと思う? | 登場人物の気持ちの変化に気づく |
| 黒い体は、最後はどんな役に立った? | 「ちがい」が力になる瞬間を確かめる |
| みんなが同じことをするのと、ちがう役目を持つのと、どっちがいいと思う? | 協力の形について考える |
この記事は、YouTube「おわか文庫」の考察動画をもとに書いています。あわせて「みんなで生きるって、どういうこと?」、「ちがいを生きる、という決断」もどうぞ。
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